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敬老の日は近居だと逆に難しい|じいじ・ばあばが隣のわが家の話

育児・子育て
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結論から書きます。祖父母が近くに住んでいる家庭ほど、敬老の日は「何もしないまま過ぎる日」になりやすい。これがわが家の実感です。

理由はシンプルで、普段から会っているからです。遠方に住んでいれば「年に数回しか会えないから、この日はきちんと」となりますが、近居だと日常の延長線上に敬老の日が埋もれます。

わが家は妻の実家が隣、自分の実家が車で30分の距離。子どもは3人(小学校中学年の長女、小学1年生の長男、3歳手前の末っ子)です。近居そのものの良し悪しは妻の実家の隣に住んで分かった、近居のメリット・デメリットに書いたので、この記事では敬老の日にしぼって書きます。

そもそも敬老の日はいつ?2026年は9月21日

敬老の日は9月の第3月曜日です。2026年は9月21日にあたります。

もともとは9月15日固定でしたが、いわゆるハッピーマンデー制度により2003年から第3月曜日に移りました。祝日になる前は、兵庫県の村で始まった「としよりの日」が起源とされています。

国民の祝日に関する法律では、その趣旨を「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」と定めています。

ポイントは、日付が毎年動くことです。カレンダーを見ないと、気づかないうちに終わっていた、という年が出やすい祝日でもあります。

近居だと敬老の日が埋もれる3つの理由

1. 「会う」ことがイベントにならない

わが家は妻の実家が隣です。子どもたちはほぼ毎日じいじ・ばあばと顔を合わせます。

遠方の祖父母なら「久しぶりに会いに行く」こと自体がイベントになります。近居ではそこが成立しません。会いに行くのは特別ではなく、日常だからです。

2. 遠方への帰省がないので、季節の区切りが生まれない

自分の実家も車で30分なので、わが家には遠方への帰省というものがありません。

お盆も正月も長距離移動をしない生活は、正直かなり楽です。ただ副作用として、「帰省したから祖父母の話をする」という季節の区切りが生まれません。敬老の日も同じで、意識しないと素通りします。

3. 祖父母と過ごす時間は、すでに別の行事に入っている

これはわが家の具体的な話です。

  • 運動会の夜は、近くのじいじ・ばあばの家で夜ご飯を食べながら、その日撮ったビデオをみんなで観るのが恒例
  • 花火は花火大会には行かず、家の前から見える花火を、家族と隣のじいじ・ばあばでBBQをしながら鑑賞する

つまり、祖父母と子どもが一緒に過ごす濃い時間は、すでに年間の行事の中に組み込まれています。だから敬老の日に「わざわざ何かをする」動機が弱くなる。ここが近居ならではの事情だと思います。

わが家の敬老の日は「一緒に食事」と「子どもが作ったもの」

それでも、わが家なりの形は続いています。やっていることは2つだけです。

  • じいじ・ばあばと一緒に食事をする
  • 子どもたちが作ったもの・書いたものを渡す

買ったものを贈ることは、ほとんどありません。特別な用意をしなくても成立する形に、自然と落ち着きました。

手紙や絵は、きょうだいの年齢差を吸収してくれる

きょうだいで年齢が離れていると、同じことを一緒にやらせるのが難しくなります。その点、手紙や絵はハードルが緩い。

  • 小学校中学年なら、文章で伝える
  • 小学1年生なら、覚えた漢字を使って短く書く
  • 3歳手前の子は、線を引いたりシールを貼ったりで十分

同じ「渡す」でも、中身は各自のレベルで成立します。準備も家の中で完結するので、親の負担がほとんど増えません。

主役を親から子どもに移すと続く

近居の敬老の日を「親が企画する接待イベント」にすると、たぶん続きません。準備が大変なうえ、普段から会っているので特別感も出にくいからです。

主語を親から子どもに移すと、準備の量が減り、祖父母の喜び方も変わります。わが家が続けられている理由は、たぶんここにあります。

もちろん、贈り物を用意する家庭も多いはずです。相場や選び方は敬老の日のプレゼント|孫から贈る相場と選び方にまとめました。買って贈る前提の方は、そちらが参考になると思います。

これから試したいこと(まだやっていません)

ここからは実践報告ではなく、来年に向けて考えている案です。

子ども自身のお金を少し使わせる

わが家では定額のお小遣いは渡していません。お手伝い1回10円、大掃除や力仕事など大変なものは50〜100円という出来高制です。遊びに使うお金は自分の財布から出させています。

この延長で、材料費の一部を子ども自身に出させるのは、お金の使い道を考える練習になりそうだと思っています。もらったお金をどう使うかより、誰かのために使う経験のほうが記憶に残りそうだからです。ここはまだ試していないので、あくまで案です。

写真は「その日」より「1年分」

会う回数が多い近居では、当日の写真より、この1年でじいじ・ばあばと一緒に写った写真をまとめて渡すほうが向いていると思います。日常の積み重ねが多いことが、そのまま強みになるからです。

何もしない年があってもいいと思う

最後に、逆のことも書いておきます。

敬老の日に何もしなくても、日常的に会えているならそれで足りている家庭も多いはずです。祝日ごとにイベントを増やすと、準備する側(多くの場合は親)の負担だけが積み上がります。

大事なのは日付を守ることではなく、祖父母と子どもの関係が続いていることのほうです。わが家の場合、その中身はすでに運動会の夜や花火のBBQに入っています。敬老の日は、それを年に一度確認する日くらいの位置づけでちょうどいいのかもしれません。

まとめ

  • 敬老の日は9月の第3月曜日。2026年は9月21日。日付が動くので気づかず過ぎやすい
  • 近居だと、①会うことがイベント化しない ②帰省という区切りがない ③祖父母との時間が別の行事に入っている、の3点で敬老の日が埋もれる
  • わが家の形は「一緒に食事」+「子どもたちが作ったもの・書いたものを渡す」。買ったものはほとんど贈らない
  • 主役を親ではなく子どもにすると、準備が軽くなって続く
  • 何もしない年があってもいい。関係が日常で続いていることのほうが大事

近居は帰省の負担がない代わりに、季節の行事が薄くなりがちです。敬老の日は、その薄くなった区切りを取り戻すのにちょうどいい日かもしれません。

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